行動経済学的に目標設定してみると

~損失回避バイアスを用いて~

私は、機能性脳画像を用いて神経経済学という分野の研究を行っています。神経経済学とは、神経科学と行動経済学を融合させた学問分野です。

行動経済学とは、心理学と経済学を融合させた比較的新しい学問領域であり、ビジネスなどの経済分野だけでなく、スポーツ心理学から日常生活まで幅広く人間の行動科学に応用されています。

行動経済学の理論の1つにプロスペクト理論というものがあります。プロスペクト理論には「損失回避バイアス」という考え方があります。

損失回避バイアスとは、「人は『利得の喜び』よりも『損失の悲しみ』を大きく感じやすい」というものです。 

損失回避バイアスを実証したこんなゲームがあります。これをお読みくださっている皆さんはこのゲームに参加したいですか? 

<ゲームのルール> コイントスで表が出たら3万円もらえる。裏が出たら2万円支払う。

どうでしょうか?

この実験結果では、ゲームに参加しない人が多数でした。

3万円得をする確率と2万円損をする確率とが半々であり、合理的に考えれば、参加すべきなのですが、人間は必ずしも合理的には行動せず、損失を避ける傾向にあります。 同じ金額では、人は損をした時の悲しみの方が、得をした時の喜びより大きくなるのです。

ちなみに、得が損の2~2.5倍になると参加希望が半数にまで高まると言われています。 

ここで、損失回避バイアスの法則を「損→成績低下」「得→成績上昇」と変換しても同じです。 

目標を打率とか防御率とか勝率といった変動するものに置くと、必ず上がったり下がったりするため、同じ割合でも成績が低下した時の悲しみの方が、成績が上昇した時の喜びよりも大きくなるわけですから、成績が同じでもトータルでは悲しむことが多くなります。

例えば、あるバッターが「打率3割」を目標に掲げた時、1分(0.1割)低下した時の悲しみの方が、1分上昇した時の喜びより大きいため、最終的に目標を達成したとしても、「トータルの感情の損益」はマイナスになり、単純に考えると、悲しみは喜びの2~2.5倍になってしまうのです。これでは、成功体験よりも失敗体験の方がより大きく感じられてしまい、内的モチベーションの低下につながる可能性が高いです。 

すなわち、目標を打率とか防御率とか勝率といった変動するものに置くと、試合ごとに一喜一憂して成績の低下に怯え、落ち込み、モチベーションが低下するリスクが高いのではないでしょうか? こういった状況から、焦りやスランプにつながっていくリスクも高くなるだろうと私は推測しています。 

よって、イチロー選手が、目標を「打率」ではなく「安打数」においていたことには妥当性があるといえます。「安打数」は、減ることはなく、必ず増えていきますから。 

打者では、打率よりも安打数や本塁打数を目標に、投手では、防御率や勝率よりも勝利数や奪三振数を目標に設定すのがいいと思います。 

2024.3.9.

2023年の高校野球での逆転劇を心理学的に解説すると

 
 

今年の高校野球は大逆転劇が目立ちました。特に、最終回での逆転がすごく目立ちました。 

私がライブで中継を見ていた試合だけでも、東東京大会決勝の共栄学園対東亜学園戦(9回2死から一挙に7点を挙げて逆転)、福島県大会決勝の聖光学院対学法石川戦(延長10回4点差を逆転サヨナラ)、神奈川県大会決勝の慶応対横浜戦(9回2点差を逆転)、全国高校野球選手権3回戦の土浦日大対専大松戸戦(最大6点差を逆転)は、いずれもドラマのような展開でした。 

私は、動画でスポーツを観戦する時に選手の表情や息遣い(呼吸)、目などを観察して、フローの状態に入っているか、意識が「今、ここ」にあるかに着目するのですが、ライブで見ていたこれらの試合では、逆転されるチームの投手はじめほとんどの野手が、明らかにフローの状態とは離れた状態にあり、意識が「今、ここ」にない様子でした。勝ちを意識したり、「あと2アウトで甲子園だ」などと結果を意識したりしたのでしょうか。あるいは、「あれだけ頑張ってきた努力してきたのだから負けるはずはない」とか「あそこでスライダーを投げるべきでなかった」などと過去に意識が向けられていたのかもしれません。一方、逆転したチームの選手たちは負けているにもかかわらず、微塵も悲壮感を感じさせない表情で、口角を上げていたり、笑っていたりする選手が多かったです。 

特に、準決勝も逆転劇で初の甲子園の切符をつかんだ共栄学園の選手たちは、9回2死にもかかわらず、ベンチメンバーも含めてみんなが笑顔でした。どちらが勝っているチームかと思うほどでした。大体この展開だとベンチには1人くらい負けを意識して泣いている選手がいてもいいようなものだと思ったのに、そんな選手は一人もいませんでした。このチームはメンタルコーチ、あるいは、メンタルトレーナーがいるのかなと感じました。共栄学園は、専用グランドを持たず、週に1日はオフで、グランド練習は週に2日だけ河川敷のグランドで練習し、週に2日は筋トレと栄養トレーニングというのを聞いて大変興味を持ったチームでした。 

話が本題から少しずれましたが、少なくとも、逆転劇を演じた選手たちは「今、ここ」「一球」に集中していました。 

スポーツの世界では、「勝ちを意識すると体がふわふわして変な感覚だった」とか「力みが生じた」と多くの選手が語ってきたように、意識を結果という未来や過去に置いてしまうと、いつもとは違う筋弛緩や筋緊張の状態に陥りやすくなり、本来の力が発揮しづらくなります。 

ボクシングの那須川天心選手は「いつも何考えているの?」と尋ねられて、「今、今、今って考えています」と答えています。 

「今、ここ」に集中する。これがフローの状態を生み出す道です。 

それをもたらすのが、呼吸法やマインドフルネスです。 


2023.9.19.

二重課題トレーニングの可能性

パーキンソン病や脳卒中の患者さんのリハビリテーションにおいて、dual task training(二重課題トレーニング)が歩行障害レベルを改善することがいくつかの研究で示されています。

二重課題トレーニングには、認知的二重課題と運動二重課題があります。
歩行トレーニングの場合、認知的二重課題は認知課題を実行しながら歩行する ものであり、運動二重課題は、両上肢や頭部、体幹などを使って歩行動作以外の運動を加えながら歩行するものです。

例えば、認知的運動課題歩行トレーニングには、(1)単語を繰り返しながら歩く、(2)3桁の数字を数えながら歩く、(3)3桁の数字を逆から数えながら歩く、(4)簡単な質問に「はい」「いいえ」で答えながら歩く、(5)買い物リストを暗唱しながら歩く、(6)話しながら歩く、(7)短い文を逆から暗唱しながら歩く、(8)歌いながら歩く 、といったものがあります。
また、運動二重課題トレーニングでは、 (1)両手で1つのハンドボールを保持しながら歩く、(2)両手でバスケットボールを弾ませながら歩く、(3)どちらかの手でバスケットボールを弾ませながら歩く、(4)片方の手でバスケットボールを弾ませながら、もう片方の手でもう1つのハンドボール保持して歩く、などがあります。

 パーキンソン病の患者では、運動二重課題や通常のトレーニングに比べて、 認知的二重課題歩行トレーニングによって、歩行速度がアップし、歩幅が増大し(パーキンソン病の患者では歩幅が小さい)、障害物横断やS字歩行、後進歩行、タンデム歩行などの歩行パフォーマンスを改善したという研究があります。

PLoS One. 2019 ;14(6):e021818) 
一方、運動二重課題はというと、認知的二重課題とは違った側面でトレーニング効果が示されています。パーキンソン病の患者では、歩幅の変動が大きい(1歩ずつの歩幅が短かったり広かったりしてばらつきが大きい)のですが、通常トレーニングや認知的二重課題トレーニングに比べて、運動二重課題トレーニングによって歩幅変動が有意に減少しています。

運動二重課題トレーニングは運動の巧緻性を高める可能性が示唆されているので、小脳に働きかけて細かな運動調整に寄与する可能性があります。

この二種類の二重課題を様々な身体運動のトレーニングに応用する可能性を感じています。
「奇数の数字を数えながらドリブルする」とか「左右の目を交互にウィンクさせながらピアノを演奏する」とか、「九九を唱えながら打撃練習する」「舌を前後に動かして口から出し入れしながらドラムを叩く」など、無限のバリエーションが考えられます。

二重課題トレーニングに関して、筑波大学の硬式野球部にユニークな実験が行われました。
実験は、球速120km/hに設定されたピッチングマシンを使ってのバント練習で、グランド上にラインを引いて、狙い通りに止められたら何点という形でスコアを付け、一塁側と三塁側に光を出す機械を設置して、ピッチングマシンからボールが放たれる前に、一塁側か三塁側のどちらかの光が点灯し、打者は点灯した側にバントするというものです。
結果は、指導者が「バントが上手い」と評価している選手ほど、光装置を使わない通常のバント練習と比べて、光が点灯した時でも正確にバントすることができ、「バントが苦手」と感じている選手ほど、光の装置を使ったとたんに成功率が下がるというものでした。
この光装置設定下のバント練習は、「通常のバント練習」よりも実践的であり、周辺視野における状況認知能力を高める可能性があることを示唆していると感じました。

同じ練習時間を費やすのであれば、「二重課題」、「実践」の要素を取り入れるといいのではないでしょうか?

2023.9.1.

ここ一番での呼吸法

WBC決勝最終回での大谷選手の投球はすさまじいものでした。トラウト選手ですら打てそうな感じは微塵もありませんでした。

大谷選手がブルペンのあるレフトからゆっくり呼吸を整えながら歩き、マウンドでも深い腹式呼吸を行っていたのが印象的でした。
投球動作直前では、呼気時に丹田(左写真でグラブの位置)に気を落とし込んでいたように思えるお手本のような呼吸だと思いました。

WBCを観戦していて、「呼吸一つでパフォーマンスが大きく変わるだろうな」という選手が散見され、呼吸を使って心身をコントロールする技術を広めたいと強く思いました。

2023.5.24.

フローの状態:周東選手のWBC準決勝サヨナラホーム

周東佑京選手があのシーンを振り返って

「人生で一番速く走れた。無音。自分の世界。一個一個のベースが近く感じた」

と語っていました。これこそ、フロー、あるいは、ゾーンの状態を表した言葉です。

周東選手は、「練習から村上選手の打球の軌道を観察していた」ため、村上選手が打った瞬間に打球を正確に予測していたそうです。
この時に備えて入念な準備を怠らない周東選手はまさしくプロフェッショナルです。


ゾーンに入るには入念な準備、シミュレーションが極めて重要と言われています。


2023.5.15.

アスリートのスランプ克服法

~ChatGPT(GPT4)に聞いてみたーその1~

 

Q. アスリートがスランプに陥った時、どのようにスランプを克服しているのでしょうか?
 

A. アスリートがスランプに陥ったとき、そこから脱却し、パフォーマンスレベルを回復させるために使える戦略がいくつかあります。ただし、それぞれのアプローチの有効性は、個々のアスリートとその状況によって異なることを念頭に置いてください。 

 

目標を設定する: 短期、中期、長期の目標を設定し、それを達成するための具体的な計画を立てるよう、アスリートに促します。その目標を達成することで、自信を取り戻すことができます。 

 

メンタルスキルを強化する: リラックス法、集中力アップ法、ポジティブセルフトークなどのメンタルスキルを練習させましょう。これらのスキルを身につけることで、プレッシャーにうまく対処できるようになります。 

 

フィードバックと振り返り 試合や練習の映像を見ながら、成功したプレーや改善すべき点を話し合う。具体的なフィードバックをすることで、自分の長所と短所をより理解することができます。 

 

ポジティブな環境を作る: アスリートが建設的な考え方で練習や大会に臨めるような、ポジティブな雰囲気を醸成する。チームメイトやコーチとの良好なコミュニケーションは欠かせません。 

 

過去の成功体験を思い出す 過去の成功体験を思い出し、その時の感覚や状況を再現するよう、アスリートを励ます。そうすることで、自信を取り戻すことができます。 

 

クロストレーニング: 他のスポーツや運動を取り入れることで、アスリートに新しい視点やテクニックを提供し、本来のスポーツに応用することができます。また、新しいスポーツに取り組むことで、競技への情熱を再発見することもできます。 

 

休養と回復: 十分な休息と回復は、運動能力を向上させるために非常に重要です。十分な休養と適切な栄養をとり、ストレッチやマッサージ、フォームローリングなどのリカバリー法を行い、体調を維持するように心がけましょう。 

 

専門家に相談する スランプが続くようであれば、スポーツ心理学者やメンタルパフォーマンスコーチに相談し、アスリートが課題を克服するための適切な指導とサポートを受けることを検討しましょう。 


Q. 具体的に選手の名前・競技を挙げてスランプの克服の方法を教えてください 

A. マイケル・ジョーダン(バスケットボール): 1993年にバスケットボールから引退した後、1995年にNBAに復帰しましたが、1994-95年のシーズンは苦戦しました。しかし、ジョーダンは持ち前の負けん気の強さと仕事熱心さを生かしてオフシーズンにトレーニングを重ね、1996年から1998年にかけてシカゴ・ブルズを3連覇に導きました。 

 

アンドレ・アガシ(テニス): 1990年代後半、アガシは成績不振と個人的な問題でランキングを1位から141位まで下げた。その後、アガシは厳しいトレーニングを開始し、体力と精神力の強化に努めた。そして1999年、全仏オープンで優勝し、ランキング1位に返り咲いた。 

 

リンゼイ・ボン(アルペンスキー): ボンは、2013年に膝の大怪我で2014年の冬季オリンピックを欠場するなど、キャリアの中で何度も怪我の挫折に直面しました。彼女はリハビリに集中し、ポジティブな考え方を維持し、熱心にフィットネスに取り組みました。ボンは最終的に競技に復帰し、ワールドカップの大会で優勝し、記録を更新した。 

 

ロンダ・ラウジー(MMA、プロレス): 元UFC王者のラウジーは、2015年と2016年に連敗し、スランプを経験しました。彼女はMMAを休止し、WWEでプロレスに移行しました。この転身で彼女は自信を取り戻し、WWEロー女子王者となった。 

 

ジャスティン・ローズ(ゴルフ): プロゴルファーのローズは、キャリアの初期に21回連続でカットミスをしました。しかし、スイング、ショートゲーム、メンタルアプローチの改善に注力し、このスランプを克服しました。彼の努力と忍耐は、2013年の全米オープンを含む数々のタイトルを獲得することにつながりました。 

 

Q. 野球選手、特にMLB選手ではどうでしょう? 

A. デレク・ジーター(ニューヨーク・ヤンキース、遊撃手)です: 2004年、ジーターは開幕から1カ月間、打率.190と低迷した。このスランプを乗り越えたのは、日課を守り、強い労働意欲を維持し、自信を持ち続けたからだ。その後、ジーターは打率.292を記録し、ヤンキースをアメリカン・リーグ優勝シリーズに導くなど、素晴らしいシーズンを送った。 

 

デビッド・オルティズ(ボストン・レッドソックス、指名打者): 2009年、オルティスは大不振に見舞われ、5月末までに打率.185、ホームラン1本という成績に終わった。しかし、彼はあきらめず、スイングを鍛え、精神的なアプローチを重視し、コーチやチームメイトからアドバイスを受けながら、努力を続けた。オルティスはその年、27本のホームランを放ち、レッドソックスのプレーオフ進出に貢献しました。 

 

ジャスティン・バーランダー(投手、デトロイト・タイガース/ヒューストン・アストロズ): 圧倒的な投手だったバーランダーは、2014年シーズンにスランプを経験し、防御率4.54、キャリア最低の奪三振率を記録した。彼は、投球メカニックを調整し、球速を取り戻すことに専念することで、このスランプを克服しました。バーランダーの努力は報われ、エリートフォームに戻り、ヒューストン・アストロズで2017年のワールドシリーズを制し、2019年のサイ・ヤング賞も獲得しました。 

 

アレックス・ロドリゲス(ニューヨーク・ヤンキース、三塁手): ヒットを量産する打者であるロドリゲスは、2006年シーズンにスランプに陥り、打率とパワーの数字に苦しんだ。彼はこれをモチベーションに、オフシーズンに筋力トレーニング、スイングの調整、精神的な準備に力を入れました。その結果、ロドリゲスは2007年に54本塁打を放ち、アメリカン・リーグMVPを受賞する活躍を見せた。 

 

このように、スランプを乗り越えるには、忍耐と調整、そして自信の維持が必要であることがわかります。自分の強みに目を向け、苦境から学ぶことで、彼らは再び最高の調子を取り戻し、チームの成功に貢献することができたのです。 

2023.4.21.

エビデンスのあるチョーキング介入(治療)

次の5つの方法が、プレッシャーがかかる状況下で自分のパフォーマンスを最大化させる可能性があります。

1.アナロジーを使った運動学習を行う
 例えば、卓球のフォアハンドでトップスピンをかけるときに、技術説明のリスト(
卓球指導資料から引用したトップスピンの打ち方に関する12の基本的なテクニックセット)を使って1つ1つの動きを獲得するよりも、「直角三角形を描くように。さらに斜辺に近づけるように」のような比喩を用いて動作を獲得した方が、プレッシャーがかかった時にもパフォーマンスの精度が保たれやすいという報告があります。

2.自己焦点化をそらす
  チョーキングしやすい人は、自己焦点化しやすいため、「脇が開かないように」など自己の内部感覚に意識が焦点化しないように、「頭の中で音楽を流し歌の歌詞に集中する」「三塁手をみる」「空気のにおいを嗅ぐ」など五感を使った別のタスクを同時に行う(デュアルタスク)ことでチョーキングを起こりづらくしたり、パフォーマンスを最大化したりする可能性があります。上記1と関連して、 

意識を内部局在化させずに「ブーメランを投げるように」などのメタファーを使用して焦点を広げることも有効です。

3. 左大脳半球でのプライミング効果を抑制する
 チョーキングの状態では、左大脳半球が活性化していることが分かっており、このプライミング効果を減じるために、技の実行前に 、例えば左手でボールを握ったりして先に右大脳半球を刺激(プライミング)して、左大脳半球の活性化を抑制することが有効だとされています。

4. プレ・パフォーマンス・ルーティン(PPR)を行う
  PPRは、スポーツスキルを行う前にアスリートが体系的に行うタスクに関連した思考と行動の一連の流れをいいます 。認知・行動準備、深呼吸、手がかりとなる言葉を含むなどのPPRを同じ内容を一定の時間で行うと、プレッシャー下のアスリートのパフォーマンスを向上することが示されています。

5. 静かな目をする
  動作の開始前に関連する目標に向かって長く視覚的に固定します。 ルーティンの中に、視点をはるか遠方に固定して3~5秒静止する内容を組み込むことをお勧めしています。イチロー選手が打席に入ってからバットの先端とバックスクリーンの1点を合わせて静止しているような動作です。
人間は緊張すると近視眼的になり視野が狭くなります。視点を遠方に置くことで、交感神経の過緊張を緩和する狙いがあります。

  以上の内容は、参考文献( J.Curr Opin Psychol. 2017;16:170-175. )をもとに筆者がアレンジしたものです。

 

2023.2.22

イップスとは?

★イップスは、ミュージシャンジストニアと同様の運動障害であり、「スポーツパフォーマンス中の細かい運動能力の実行に影響を及ぼす精神神経障害」:“a psycho-neuromuscular impediment affecting the execution of fine motor skills during sporting performance”と定義されています。

Int Rev Sport Exerc Psychol. 2015;8(1):156–84 


★ゴルファーにおけるイップスの有病率 は17%から48%の範囲で報告されています。

Neurology. 1989;39:192–5. 
Sports Med 2003;33(1):13–31. 
J Sports Sci. 2015;33(7):655–64. 


★イップスの心理的要因として、定まったものは今のところありませんが、ゴルファーに限っていえば、 

1)高いレベルの完璧主義

  Sport Psychol. 2013;27:53–61. 

2)意識的に動きを制御したり、問題について強迫的に考えたりする傾向にある。

 Neurology. 1989;39:192–5. 

3)ストローク中に、主に内的に、または失敗する可能性に焦点を合わせている(イップスゴルファーの約3分の2が該当)。

Sport Psychol. 2012;26:325–40. 

4)リラックス状態とストレス状態との間の状態不安の変化が、パッティング精度の変化に関連していた。 

Med Sci Sports Exerc. 2006;38:1980–9. 


が挙げられています。


イップスと同じ病態とされる「音楽家局所性ジストニア」では、患者の心理的プロファイルとして、

1)トラウマ的な経験や質の低い楽器指導を含む社会環境の悪影響

2)完璧主義者、不安症、過度に敏感、無気力な性格タイプ

3)強迫観念、支配的、不十分な練習行動

  Med Probl Perform Art. 2022 Sep;37(3):200-206. 

が挙げられています。

★私個人としては、上記以外にも、「練習のし過ぎ」、特に、同じ動作の反復練習がその原因になっていることが多いと考えています。人間の脳や筋肉は反復動作を嫌う傾向にあります。繰り返せば繰り返すほど脳(中枢)→筋肉(末梢)への指令が混乱したり、ショートしたり、筋肉(末梢)が暴走したりしやすいものです。

その「練習のし過ぎ」もストイックな性格に由来するオーバートレーニング症候群の要素だったり、「過去の失敗、あるいは、それに伴う罰・報い」がトラウマになっていたりしている場合が多いです。

イップスは、休養したり、身体の正しい使い方を身につけたり、リハビリをしたりといった身体的なアプローチのみで改善することが多いです。

しかし、心理的な問題を放置していると再発しやすく、また心理精神的要因が大きい場合にはなかなか治りません。

私のイップス外来を受診する方の中には、うつ病やパニック障害など精神科的な治療を優先すべき人もみられます。

イップスや局所性ジストニアでは、心身ともに総合的・統合的に治療する必要があります。 

イップスや局所性ジストニア を克服するには、まず、自らと向き合い、

「自分がどうしてこのような状態になったのか?」

「この状態に意味があるとしたら、この症状は自分に何を教えてくれようとしているのか?」

を問い、特に、心理的要因を探り、そこに気付きを得たら、そこから逃げることなく、それを真摯に受け止め、受け入れて欲しいのです。

治療をしていて、「自分のイップスの原因はメンタルではありません。単なる技術的な問題です」という方が時折いますが、そういう方はえてして治療経過が良くありません。

一方、「私のイップスは、メンタルが原因だと思います。メンタルが弱いんです。この外来でそれを克服して常に自分のパフォーマンスが発揮できるように、さらに、フローの状態が常に得られるように治療してください」というような方はすぐ治っていきます。

これまで私の外来に来られた方で、このように「メンタルの問題」を受け入れた方は、例外なく治っています。しかも短期間で治る方が多く、なかには初診で治る方もいます。症状がなくなりイップスを発症する前のレベルに戻るどころか、これまでにない高次元に進んでいく方ばかりです。

イップスで悩んでいる多くの方が、このホームページに触れることで、私の外来に来ずとも「メンタルが弱いという思い込み」から解き放たれ、成長し、幸せに過ごしていけるように、このホームページの内容を充実させていきます。

2023. 1. 17

声帯ジストニアや吃音(どもり)などの発声障害や吹奏楽器のアンブシュアの障害はどのように治すか?

私のイップス外来には、吃音や「上手く歌えない」「高音が出ない」という歌手や、吹奏楽器演奏者のアンブシュアの障害の方なども来られます。
そういう方には、イップス治療でも有用な、
アレクサンダーテクニークフォー・スタンス理論が特に有効です。 

その治療の中で、姿勢に関しては、アレクサンダーテクニークを基本にして、フォー・スタンス理論のAタイプ(つま先荷重)かBタイプ(かかと荷重)かを判別して、発声やアンブシュアを指導します。

アスリートの身体運動をより良いものにするためには、フォースタンス理論の4タイプの分類(A1/A2/B1/B2)が必要ですが、発声やアンブシュアでは、AタイプとBタイプの2分類で十分ではないかと考えています。 

 以下、私が「比較的うまくいく」と考えている「姿勢」「フォーム」です。これは、あくまで私の経験に基づいた仮説に過ぎませんので、参考程度に留め、自分にしっくりくる「姿勢」「フォーム」を見つけて欲しいと思います。

<Aタイプの方に望ましい姿勢・フォーム>
1. 膝を伸ばす。

2.前傾で立ち、重心をつま先側に置く。足を前後にずらす場合には、前に出した足を軸として加重する。

3.高音を出す時やボリューム出力を最大にする時には、視線を上方にし、背筋を伸ばして上方へ伸び上がる。

<Bタイプの方に望ましい姿勢・フォーム> 

1. 膝をやや曲げる。

2.重心を踵側に置く。足を前後にずらす場合には、後ろ側の足を軸として加重する。

3.高音を出す時やボリューム出力を最大にする時には、視線をうつむき加減にし、背筋はやや丸める。  

*厳密にいうと、両足を平行にするか、ずらして前後させるかのいずれが望ましいかは、フォー・スタンス理論の4分類に基づいて(特にパラレルタイプかクロスタイプかを加味して)行うべきものなのですが、ご自分で実際、試されるのがいいかと思います。

 フォー・スタンス理論に基づくと、「マイクの握り方」も重要であり、Aタイプでは、人差し指中心に指先で握り、Bタイプでは、掌全体で握るといいと思います。

是非、ご自分に合った「姿勢」「フォーム」を追求してみてください。

 *フォースタンス理論とは、自分にとって自然な身体の使い方をするための理論で、自分に本来備わっている体の動かし方のタイプを知り、そのタイプに適った身体の使い方をしていくものです。

フォー・スタンス理論のタイプは次の4タイプに分かれます。
A1: つま先・内側
A2: つま先・外側
B1: かかと・内側
B2: かかと・外側 

フォー・スタンス理論について詳しく知りたい方、自分がどのタイプか知りたい方は、こちらのサイトがおすすめです。

 http://www.4stance.com/ 

2023.1.24.

長友佑都×池江璃花子対談(2022.11.20)で語られた

池江さんのゾーンの入り方

池江さん「私の場合にはゾーンの入り方が毎回違って、1回は全てがどうでもよくなった時に入ってた。もう1回は、泳いでいる途中に急に楽しくなってきちゃって周りの歓声があまりにも聞こえるし、横を走っているカメラまでよく見える。むしろ、自分が変な顔してないかなと意識するぐらい楽しくなってきちゃうとか。ふとした瞬間に入ることが結構あって、そういう時にすごい結果を出してきた」
長友さん「余裕があるんですよね。結果を出す時って」
「若い時ってビビッてプレッシャーに負けてましたけど、今はそのプレッシャーを 

楽しめる。なんかお祭り男みたいになっちゃいます。怖いものがなくなる状態になる」

対談の動画↓

https://www.youtube.com/watch?v=LChh5gB1bxk

イチロー選手がプレッシャーのかかる場面で意識してしていること

2012年12月にイチローさんの所属チーム(KOBE CHIBEN)が女子高校硬式野球選抜チームと試合をした時に、ある選手が、イチローさんに「ピンチやチャンスなどプレッシャーがかかる場面で打席に入るときに、私はあたふたしてしまうんですが、イチローさんはどう考えて打席に入りますか?」といった主旨で質問しました。
その時のイチローさんは、2009年のWBC決勝戦(対韓国)の延長10回(2アウトでランナー1,3塁)の自分の打席を振り返りながら丁寧に以下のように回答しました。
1.あの打席が今までで断トツで怖かった。他の打席が比較にならないくらい。平常心を保とうとするのが普通だと思うんだけど、それはできるはずがない。
2.自分が心掛けたのはダックアウトから出て、ネクストバッターサークル、打席に入るまでのルーティンをしっかりやろうと意識した。でも、前の打者が初球を凡打(ショートフライ)したために、そのルーティンもできなかった。あたふたしていた。
3.それでもルーティンをこなし、何とか打席に入ったが、正直、敬遠して欲しいと思った。でも、勝負するとみて覚悟が決まった。初球のボールで見送ってスイッチが入った。
4.2ストライク追い込まれてからのスライダーをファールにして「僕の勝ちだ」と思った。
5.目の前の状況をしっかり受け止めて向かっていく。向かっていくしかない。
6.最終的に支えになったのは、これまで日本で7年、アメリカで8年経験した色々な打席。ほとんどは負けた打席だけど、そんな困難な場面を経験し、立ち向かってきたということ。結果に対する自信というよりも困難に立ち向かってきたという自信。 

7.一番ダメなのは、平常心を保とうとすること。それは無理だから。無理です。保ちたいのは分かるけど。技術的に平常心に近い状態が得られたとしても、それで生まれた結果には自信は伴わない。自信を獲得するには難しい状況で向かっていくしかない。「練習の時に近い状態に」という考え方はありがちだけどとても危険。
8.勝負の世界で生きていくには、そういう向かっていく姿勢が大事。

その決勝タイムリーの打席の心境に関しては、私がその当時ライブでテレビを見ていた時からずっと知りたいと思っていたことなので、YouTubeみながら必死に書き留めまとめてみました。大変貴重な回答を引き出した高校生に感謝しています。

ミュージシャンジストニア(局所性ジストニア)の方たちの克服法


NCNP病院の青嶋陽平先生が、局所性ジストニアを克服した音楽家の「克服方法やメッセージ」を盛り込んでジストニア改善前と改善後の動画を作成しました。 大変価値のある素敵な動画であり、青嶋先生のご許可をいただいたのでここに紹介します。 


  

ジストニア改善経験者達の演奏(青嶋陽平Dr.作)

https://youtu.be/u8oJ_rP3IBU 

 

 この動画に出演された12名の方の克服法を以下まとめてみました。
1.Sさん
改善のきっかけ:アレクサンダー・テクニーク、ミキモトメソッド(必要な筋を使い、不必要な筋をなるべく使わない)
おすすめの改善方法:①暇さえあれば手や指のストレッチ ②手や身体の仕組みを知った上で鍵盤リハビリを行う ③指先の動きだけにこだわらず、時には忘れて自分の音をしっかり聴いて理想の音に近づけていく

2.Nさん
改善のきっかけ/おすすめの改善方法:①ピアノと関係のないスポーツを始める。特に体幹や背筋の増強に関する運動をトレーナーについてきちんと定期的に行う。②鍼灸なども並行しておこなったが、ピラティスや筋トレなどは非常に有意義だったと考えています。③自分の今までやろうとしなかった未知の作曲家の曲を積極的にやってみる。④生き方、思考回路を根本から変える(自己否定、自己卑下、卑屈感などは一掃して全部捨てる)⑤本番に対する恐怖心が既にトラウマ化している場合には、一時的に投薬の力を借りることも必要。練習の仕方を変えることも必要だが、演奏のトラウマを抱えたままだとジストニアの改善は難しいと思っている。

3.Yさん
改善のきっかけ/おすすめの改善方法:アレクサンダー・テクニークに取り組み始めて、普段の身体の使い方を1から見つめ直したこと。アレクサンダー・テクニークの本は全ておすすめ。実践しながら楽器を練習できます。最初は自分では力みなどに気付けないので、先生に見てもらうと改善しやすくなります。自分を取り巻く環境をガラッと変えたことも改善のきっかけとなりました。


4.Mさん
改善のきっかけ:ジストニアのリハビリレッスンに通い始めたこと。
おすすめの改善方法:①違和感の感じるところを触って刺激に慣れさせる(自分の場合、右手の中指の腹の部分)②指を曲げないで、まっすぐにして弾くことになれる(指が丸まらないようにするため)

5.A.Tさん

おすすめの改善方法: 自覚している症状ではなく、バランスが崩れている根本的な原因を検証し、ひたすらそれと1つずつ向き合い、解決していくこと。


6.Tさん
改善のきっかけ: 最初はいろいろな病院や鍼灸院、整体など、片っ端から行き、エコーを撮って、薬の処方、テーピング、注射など受けましたが、改善の感覚はありませんでした。少しずつ自分で身体の使い方を考え始め、身体の循環を良くするために毎朝ヨガをするようになり、筋肉の動きや呼吸などを意識するようになりました。

最近では肩回りの血の巡りを良くするため、その他諸々のためにランニングもしています。去年秋頃からトルーシュ先生に見ていただくようになり、今まで手探りだった部分が明確になって、とても救われた気持ちです。
地道なリハビリで新しく脳回路を構築していくことが近道だと実感しております。

7.Hさん
おすすめの改善方法:コルトーのピアノメトード。20世紀初頭までのピアノ演奏に必要な大切な技術がすべて詰まっています。

8.青嶋先生
改善のきっかけ:10年改善しなかったが、吉岡綾子先生とトルーシュ亜紀子先生のレッスンを受けに行くようになり、改善し始めた。きっかけは、ジストニア経験者のこの2人とアレクサンダー・テクニークを学んだこと。
おすすめのリハビリ:音を出さないで鍵盤に優しく触れるだけ、または、2₋3㎜沈めるだけの練習。
動きを細かく分解して、どの瞬間に症状が起こるのかをピンポイントに特定する。力みを自分で見つける際に、アレクサンダー・テクニークがとても役立つ。
指が引っ張られそうな不快感が生じる瞬間をピンポイントで見つけたら、その瞬間に脱力していられるように、その不快感を手に慣れさせていく。症状のトリガーを見つけるのにも、不快感を慣れさせていくのにも、音を出さないリハビリが有効。鍵盤に触れる時も離す時も「がくっ」「ぴくっ」とならないよう忍び足で。
症状がはっきり出てしまう弾き方を繰り返すと悪化しうるので、症状が出ないレベルまで、スピードや力の量を落とし、症状を出さずにできる動きを少しずつ増やしていくイメージ。

9.Yさん
おすすめの改善方法:筋力低下が原因と考え、筋力トレーニングをして回復。理学療法士で局所性ジストニアを専門とする西山祐二朗さんにリハビリ指導。まずは筋力をつけ、「新しい指の使い方を、指と脳に覚えさせるためのリトレーニング」を毎日。輪ゴムやペットボトル、お手玉、つまようじなどを使って。

10.Tさん
改善のきっかけ/おすすめの改善方法:
1.罹患している筋肉を考え始めたこと
2.正常なのにうまく弾けない筋の誤使用があることに気付き修正できたこと
3.陰性ジストニア(力が入るべきところで抜けてしまう)の存在に気付き、不使用の筋肉への働き掛けをするようになったこと。
4.深部感覚の異常があることに気付き、位置覚や運動覚に気を使ってポジションの修正ができるようになったこと。
5.コンディショニングとして鍼やファシアスリックテクニック(旧グラストンテクニック)など筋膜に求心的に働きかける施術をするようになったこと。
6.日常的に発生するジストニアの予防や、日常動作をリハビリに使用するなどの工夫。
7.演奏の中でのリハビリ。青嶋先生のリハビリ法は大変役立っています!
8.発表会など緊張しながら弾く機会を避ける(そういう場で弾けるようになるのが目標だが)

11.  脇坂明日香さん(琴奏者)

改善のきっかけ/おすすめの改善方法:「感覚リハビリテーション」などのメソッドに取り組み、改善し始め、2021年4月頃から回復のスピードがかなり上がってきた。

*「感覚リハビリテーション」:各種のリハビリを経験する中で、詳細な考察の末、独自に考案したメソッド」で、詳細は自著論文にて解説。
その1文から抜粋:「演奏中の手の感触の認識を深めることで運動制限の減少を試みるもの」
1.身体論、腕周りの解剖学、脳の特性を勉強する
2.脳梗塞の人などのリハビリテーションを勉強する
3.アレクサンダー・テクニーク
4.瞑想(身体感覚への注意の向け方のトレーニング)
5.演奏時の感覚リハビリテーション

12. Nさん
おすすめの改善方法:曲のフレーズ、一音一音打鍵するたびに4秒~6秒ずつ止めて、手に形状記憶させていくという方法。 


イップスでも小脳の異常活動や、小脳-運動前野/体性感覚野の間のネットワーク異常があるかも?

 

我々の研究室の北氏らが、音楽家ジストニアを有するピアニストでは、  演奏中に右の小脳で大きな活性化を示し、健常ピアニストと比べて、右小脳と左運動前野/体性感覚野の結合性が異なることを明らかにしました。

Aberrant Cerebello-Cortical Connectivity in Pianists With Focal Task-Specific Dystonia.
Kita K, Furuya S, Osu R, Sakamoto T, Hanakawa T.
Cereb Cortex. 2021 Aug 26;31(10):4853-4863. 


本研究は、機能的磁気共鳴画像法(MRI)の中でピアノ様鍵盤を演奏させるという大変ユニークな研究です。
運動前野は脳幹や脊髄に直接投射をして運動の実行や体性感覚からの情報に基づく運動、運動の企画、運動の準備、他者の運動内容の理解(ミラーニューロン)等において主要な役割を果たしており、小脳とともに微細な運動を制御するのに重要な部位と考えられています。
最近の医学論文では、音楽家ジストニアは、局所課題特異的ジストニア(focal task-specific dystonia:FTSD )とも呼ばれ、イップスはFTSDと同じメカニズム、病態であるとする論文が増えており、この知見は私の仮説とも合致しており、大きな発見と思われます。
トップダウンとボトムアップの協調・協働とフィードバックシステム、ミラーニューロンという観点では、私のイップスに関する新しい治療法の開発においても大きな意味を持つ研究成果だと思います。

 


大谷翔平選手と睡眠

 2021年11月19日に満票でア・リーグMVPに選出された大谷翔平投手(27)が睡眠に関して語っている語録を集めてみました。大谷選手が睡眠を重要視していることがよくわかります。

 

実力を発揮する方法 ~7つのポイント~


2020年8月21日に行われた 「第2回つくば少年少女スポーツ障害予防研究会市民公開講座」での私の講演『本番で実力を発揮する方法』のポイントは、以下の7項目です。

 

実力を発揮する方法のまとめ 

 1.よく食べること、よく寝ること
 2.心からワクワク楽しむ
 3.筋肉によってメンタルをコントロールする
 4.自己暗示をかける
 5.自分の最高のパフォーマンスをイメージする
 6.呼吸で自律神経をコントロールする
 7.勝敗や結果ではなく、意識を‘今ここ’に 

【解説】
1.よく食べること、よく寝ること
  栄養も睡眠もトレーニングと同じように大事。ジュニア世代では、トレーニング以上に重要。
   「寝る子は頭がいいかも?」:東北大学の研究グループの発表では、 健康な5歳~18歳の子供たちを対象に、平日の睡眠時間と、脳の記憶を司る領域である海馬の体積の関係を明らかにした。この両者には、有意な正の相関を認めました(Neuroimage. 2012  Mar 60(1): 471–475 )。
「しっかり寝るとパフォーマンスが上がる」:スタンフォード大学の研究で、男子大学バスケットボール選手8名に毎日しっかり(平均睡眠時間6時間くらいだった選手たちに10時間弱)、十分な期間(34週間)寝てもらうと、 

有意に 80メートル走が短縮(0.8秒)、反応時間が速くなる・瞬発性が上がる、ミスの回数が減る(Mah CD: Sleep,2011)。

大谷翔平選手や菊池雄星選手、イチロー選手など一流選手では、高校時代からプロになっても睡眠時間を多くとることにどん欲な選手が多い。

 2.心からワクワク楽しむ
ワクワクドキドキによって、脳の前頭前野からドーパミンを放出すると、緊張がパワーに代わり、やる気が出て前向きになる。

3.筋肉によってメンタルをコントロールする
表情(笑顔で口角を上げる)、姿勢(背筋を伸ばして胸を張って)動作・歩き方(堂々と自信をもって王者の歩き方を)、呼吸でメンタルのコントロールを容易にできる。2019年全英オープンで優勝した渋野日向子さんの笑顔。たとえ自信がない時でも元気がない時でも体調がすぐれなくても、表情、姿勢、動作でメンタルをコントロールできる。ついでに服装もしっかり!

4.自己暗示をかける
「今日は絶好調!」「自分は最高の選手だ」「今日は最高のパフォーマンスを発揮できる」などと声に出して!言霊で自分をよりパワフルに!

5.自分の最高のパフォーマンスをイメージする
イメージトレーニングは、内的イメージ法と外的イメージ法があり、その両者を交互にやることが有効。さらに、どちらかというと内的イメージ法が重要。その際五感を総動員して!

6.呼吸で自律神経をコントロールする
交感神経と副交感神経からなる自律神経のお話。緊張や不安を呼吸でパワーに変える全集中の呼吸法。⇒このホームページの「呼吸法」参照

7.勝敗や結果ではなく、意識を‘今ここ’に 
少なくとも試合になったら、意識は常に「今、ここ」に。試合中に「勝ちたい」「ここで打たないと」「絶対決めてやる」「ミスしないように」などと意識が未来方向にズレると実力は格段に発揮しづらい。 目標も未来方向であり本番では好ましくない。日々のマインドフルネスと呼吸法が大事。いずれも日常生活の中で簡単にできること。これらと体幹トレーニングを暇さえあればやることをぜひ実践してほしい。ルーティンの確立も大事(イチロー選手、五郎丸選手)。フローの状態(ゾーンの状態)、無の境地へ。フローの状態(香川真司選手の言葉から):「余計なことは考えない。どういう試合になるというイメージは持たない。ボールと相手とピッチだけを見て戦う。こういうプレーをしようとか、相手はこうくるだろうとかイメージしていると、その考えにプレーが縛られてしまう。だから、試合になったら無心になるようにしている。無心になって、本能に任せて動く」 

「やってはいけない3つのこと」
1.叱る   2.指示・命令をする  3.結果(勝敗)に焦点を当てる 
 

子どもが本番で実力を発揮できないのは、子どものせいではない。親や指導者の責任が大きい。指導や声がけで結果は大きく変わる。 


メンタルトレーニングの新しい方法

最近、マインドフルネスと ウェアラブル・ニューロフィードバック を組み合わせたプログラムによって、運動パフォーマンスが向上し、神経認知が強化されるという研究結果が出ました(Neuroscience. 2019 Aug 1;412:83-93)。そのニューロフィードバックの装置が、写真のような脳波計です。トレーニングを完了したスポーツ選手では、コンピュータによる認知タスクにおける反応時間が速くなり、ミスが減少し、注意制御が改善するという結果になりました。



フローの状態を創り出すために

マインドフルネス瞑想の豊富な経験は、フローの経験の向上と関連していると報告されています

(Kee and Wang, 2008, Bernier et al., 2009, Kaufman et al., 2009)。 

以前、私が「フローの状態を作り出すためのメンタルトレーニング」について語った取材記事がこちらです。
『ゲキサカ』コラム(2014/2/25)

競技種目に応じた瞑想の使い分け

 

ゴルフや水泳のように、 行動環境が比較的安定しており、時間の経過とともに予測可能であり、運動動作が事前に決定され、連続的でセルフペースで行われるスポーツ をクローズドスキルのスポーツといいます。一方、 バスケットボールやサッカー、格闘技のように行動環境が常に変化しており、アスリートが多くの情報を並行して処理し、予測不可能な出来事に迅速に対応することによって行動を適応させなければならないスポーツをオープンスキルのスポーツといいます。
1)クローズトスキルのスポーツでは、集中注意瞑想(FAM)
2)オープンスキルのスポーツでは、オープンモニタリング瞑想(OMM)

の練習によって、パフォーマンスが大きく向上する可能性があるという研究論文が相次いでいます。 

第二回つくば少年少女スポーツ障害予防研究会 市民公開講座

の私の講演

『本番で実力を発揮する方法』

 をYouTubeにアップしました。 



2020年9月13日

「つくば少年少女スポーツ障害予防研究会」は、子供たちを「健全にスポーツで育てる」環境を提供する目的で2019年4月に設立されました。

この研究会では、ケガや障害の診断と予防、トレーニング、コンディショニング、食事栄養、睡眠、メンタルコンディションなど多岐にわたる情報を発信しています。
 

今後もこのような市民公開講座や野球肘出張検査などを展開します。

 本研究会にお申込みいただくと、市民公開講座講演動画無料視聴はじめ様々な情報を得たり、野球肘出張健診への応募アプローチが可能となったりなどの特典がありますので、一人でも多くのジュニア世代の保護者や指導者にお申込みいただければと思います。

メンタル介入が必要な人はその必要性を感じていない?

 

私はこれまでプロ選手やオリンピック選手などのトップアスリートから小学生~大学生のアマチュアまで多くの選手と接してきました。
そこで、気づいたことがあります。
メンタル介入が必要な選手こそ、その必要性を自覚しない傾向にあります。そういった選手は、過度な練習やゲン担ぎ、道具を変えるなど見当違いの方向に進んでいく傾向にあります。 
一方、トップアスリートの多くは、メンタルトレーニングの重要性を十分自覚しています。「自分はメンタルが強いとよく言われますが、実は弱いのです。メンタルが弱いことを知っているから、しっかり練習し、イメージトレーニングをして本番では‘自分は誰よりも強い’と思い込むようにしているのです」と言います。 
メンタル介入の必要性を自覚している選手はどんどん伸びていきます。
メンタルトレーニングは全てのアスリートにとって必要なものであり、また、適切なメンタルトレーニングによって、あらゆる選手が「本番で実力を発揮できる」のみならず、「日々の練習から目標に向かって意欲的にとりくむ」ようになります。これはスポーツ選手のみならず、演奏家や役者、会議や講演での発表者などあらゆるパフォーマーにも当てはまることです。 

産経デジタル「Cyclist」

に取材記事が掲載されました

2020年7月31日 

 

ロードレースで勝てる「メンタル」とは? JCFドクターが猪野学さんに教える“本番力”の鍛え方 

学生アスリート応援マガジン

『アスリート・ビジョン』

(2019年10月10日発刊)
WEB版(2019年11月6日)

に記事が掲載されました。

「メンタルは鍛えられるのか?」

 

というテーマです。 

【最新号紹介】大切な試合で実力を発揮するためには、カラダだけでなく心にも目を向ける 特集です。

「どうすれば本番で実力が発揮できるのか」を解説しています。

第46回日本スポーツ心理学会に5年ぶりに参加

九州大学の松田晃二郎先生が「イップスの発症要因の検討」という貴重、かつ、素晴らしい研究報告をしていたので、ご紹介します。この研究の画期的なところは、日本ではイップスに関してこれまで疫学的な研究すらなされていない中で、この研究では、日本のプロ・アマのゴルファー319名にアンケート調査を行い、イップス群(イップスと自認)102名(32.0%)において、オーバーコミットメント*測定尺度が、非イップス群(217名;68.0%)に比して有意に高得点だったそうです。
*オーバーコミットメント:自分の能力や状態にかかわらず、周囲からの高い評価を得るために、過剰に努力すること、あるいは、傾注すること。

イップスの選手は「自認しない(=否認する)傾向にある」ことも報告されており、自認している選手が32%もいるという事実に驚かされました。

5年前と比べて、本学会は、参加者も演題も飛躍的に増え、活気もあり、素晴らしい発表も多く、今後もますます発展していくでしょう。

本学会では、私が尊敬する土屋裕睦先生*ともお話しできて、しかも、帰路のつくばエクスプレスで二人で並んでお話ししながら帰ることができて幸せでした。

*土屋裕睦先生:大阪体育大学教授。本学会の重鎮であり、オリンピックに向けて各種競技でのメンタルコーチングで多忙・尽力中。


イップスは治る


イップスになった選手・演奏家は、「非ストレス状態」では、それなりにいいパフォーマンスを発揮できるので「すぐ治るだろう」と気楽に考えがちです。

それが落とし穴となって、心理介入をすれば速やかに治癒するものが、こじれてしまう、あるいは、競技人生をあきらめてしまう人も多いのです。

私はこの構造が、複雑性PTSDと同じだと考え、その治療をイップスに応用しました。その結果、治療者である私もクライアントの選手・演奏家も驚くほどの即効性で治っていくのですから、「このメカニズムを知りたい」「この治療法を広めたい」と考えるに至りました。


イップスやジストニアは、心理学的要因以外でも発症する

心理学的併存症の有無にかかわらず、ジストニアやイップスのように微細運動を制御できなくなる病態は、様々な感覚運動誘発因子によって生じることがすでに研究により示されています。たとえば、乱用・筋肉疲労(=トレーニングのし過ぎ)、要求の厳しい集中的な運動調整(反復練習を必要とする精緻なあるいは難しい技術の獲得)、集中的な反復パターン、性別(男性の方が多い)、利き手(右利きのプレイヤーは主に右手、左利きのプレイヤーは左に影響を受ける)、特定の生体力学は、最も一般的なトリガー要因となる。 


  • Altenmüller E, Jabusch HC. Focal hand dystonia in musicians: phenomenology, etiology, and psychological trigger factors. J Hand Ther. 2009;22:144–54. 
  • Smith AM, Adler CH, Crews D, et al. The “yips” in golf: a continuum between a focal dystonia and choking. Sports Med 2003;33(1):13–31. 
  •  Adler CH, Crews D, Kahol K, et al. Are the yips a task-specific dystonia or “golfer’s cramp”? Mov Disord 2011;26:1993–6. 
  • Marquardt C, Strauss M, Hermsdörfer J. Putting “yips” and jerking in golf novices. International Journal of Golf Science. 2016;5(Suppl):S1–77 . In: Proceedings of the World Scientific Congress of Golf VII; 2016 Jul 18–22: (Scotland). 2016, p. S50–1. 
  • Adler CH, Crews D, Hentz JG, Smith AM, Caviness JN. Abnormal co-contraction in yips-affected but not unaffected golfers: evidence for focal dystonia. Neurology. 2005;64:1813–4. 
  • Stinear CM, Coxon JP, Fleming MK, Lim VK, Prapavessis H, Byblow WD. The yips in golf: multimodal evidence for two subtypes. Med Sci Sports Exerc. 2006;38:1980–9. 

ダルビッシュ投手の「コントロールを劇的に改善させた方法」がすごい!

動画:https://t.co/UBZCwbLJLm?amp=1


コントロールが乱れた理由を「同じフォームで投げていると再現性が保ちにくい」と気づき、「全く異なる2つのフォームを用意した」と。それをサラッと10万人以上が閲覧する動画に載せてしまう。どれだけ多くの投手が、あるいは、イップスで悩む選手が救われることか?


私も、ティーバッティングのやり過ぎで調子を崩す、とか、ゴルフの打ち放しで1,000球くらい打ち込んでいたら打ち方が分からなくなった、などという経験がある。多くの方が同様の経験をしていることと思う。

私は、イップスの病態の中に「繰り返し繰り返し、同じ学習・トレーニングをしていたら、大脳-運動ニューロン-筋肉の回路が混乱することもあるのではないか?」と考えていた。それを指示する上記のような論文もある。 

ダルビッシュ投手が言うように「同じ動作ばかりしていると筋肉が飽きてくる」のだろう。

同じ動作ばかりしていると、下記北先生の「ピアノジストニア」の論文で解明されたように、大脳基底核、特に被殻では、過剰に反応してしまうのではないか?
結果的に緩んでいなければならない筋肉に「余計な力」が入ってしまうのだと思う。 


難行苦行に対して、身体はあるいは脳は「No」というのかもしれない。
エラーや死四球を恐れたプレーは心身において「苦行」である。
上手くなりたい一心で同じ動作、同じメニューのトレーニングを続けることは「毒」なのかもしれない。


ピアノジストニアはトレーニングのし過ぎに起因するかも?

北佳保里先生が、脳病態統合イメージングセンター(私が研究生をしている通称IBIC)から画期的な発表


Kita K, Rokicki J, Furuya S, Sakamoto T, Hanakawa T.:Resting-state basal ganglia network codes a motor musical skill and its disruption From dystonia. Mov Disord. 2018 Sep;33(9):1472-1480.

安静時のfMRI( 機能的磁気共鳴画像法 )を用いて、健常なミュージシャンと比較して、ミュージシャン・ジストニアの患者の被殻における基底神経節静止状態の機能的結合性が増加していることを発見しました。 さらに、この研究では、 キーストロークの時間的精度( 音楽スキルのレベルを反映 )は、健康なピアニストの被殻の大脳基底核の機能的結合性と相関していることがわかりました(r = 0.72、P = 0.0005)。一方、ミュージシャン・ジストニア患者では、機能的結合性との相関がみられませんでした。 
この新しい発見は、ミュージシャンのジストニアが広範な音楽的訓練によって惹起しうる病態生理学的メカニズムを示唆しています。 


配達可能

店舗休業中は配達のみ承っています。

このページで、事業内容やサービス内容についてより詳しく紹介することができます。ビジネスの背景や沿革などを、カスタマーにわかりやすく伝わるように、工夫しましょう。


呼吸法で自律神経をコントロールする

本番で実力が発揮できる状況を医学的に説明すると、緊張しすぎずリラックスしすぎず適度な緊張感を維持した状態ということになります。この状態は平常心、無の状態、フロー、ゾーンとも呼び、カラダの調子を整える働きをコントロールする自律神経と密接に関わっています。自律神経には交感神経と副交感神経があり、この2つの神経のバランスがとれていると、適度な緊張感を維持することができるのです。リラックスしているときの脳波は、12〜13Hzのα波が出ており、ゾーンの状態に入っているときには、それよりも少し周波数の速い、12〜15HzのSMR(Sensory Motor Rhythm)波が出ています。メンタルトレーニングによってこれらをコントロールすることができるのです。




腹式呼吸法

基本形は鼻から吸って口から吐く腹式呼吸。吸ったときにおへそから2、3cmほど下にある「丹田」という部分を膨らませます。
リラックスしたいときは、口から吐き、エネルギーをため込みたいときは鼻から吐きます。

睡眠について


 

2016年8月31日に開催された「第1回東千葉メディカルセンター市民公開講座」での私の講演

『たかが睡眠、されど睡眠』

の内容を
NPO法人地域医療を育てる会の藤本晴枝様が、同法人機関紙クローバー78号 に掲載した文章を引用させていただきます。




 

『たかが睡眠、されど睡眠』 

不眠とは
私達は人生の約三分の一を睡眠に費やしていますが、その睡眠に対して関心が低いのも事実。眠りに関する不具合として、
・日中眠気が取れない
・夜、なかなか寝付けない
・夜中に目が覚める
・起きる時刻よりもだいぶ早く目が覚める
などがあります。この四つのうち一つでもあれば不眠と言われています。適切な睡眠時間の長さは、人によって違います。五十代までの人でしたら、ご自分が中学生から大学生ぐらいの頃に、元気に過ごすために必要だった睡眠時間が目安になります。

不眠と健康の深い関係
  日本人の二~三割は不眠と言われていますが、健康とどのような関係があるのでしょうか。今は睡眠と運動、睡眠と心身の健康などいろいろな研究がなされています。その中で主なものをご紹介します。
(1)不眠症の人は太りやすく、糖尿病になりやすい
睡眠時間が長くなると、食欲を抑えるホルモンの分泌量が増え、食欲を増進するホルモンの分泌量が少なくなることがわかってきました。つまり、太りにくくなるのです。また、糖尿病患者には不眠症の人が多いと言われています。そして、不眠症の人は糖尿病を発症しやすいとも言われています。
(2)不眠症の人は高血圧症になりやすい
 
 平均の睡眠時間が五時間以下の人の高血圧発症率は、七~八時間睡眠を取っている人の発症率の倍だという研究結果もあります。我々の研究では、血圧を下げる薬を三種類以上使っても血圧のコントロールができない「難治性高血圧」の人の八割以上は、睡眠障害を有していることがわかりました。また、早朝高血圧の人は後に挙げる睡眠時無呼吸症の可能性があります。

病気の陰に睡眠時無呼吸症?
最近、大きな事故の原因として「睡眠時無呼吸症」という言葉を新聞などで目にした方もいらっしゃるでしょう。かつてあったアメリカのスペースシャトル「チャレンジャー」の事故や、ロシアのチェルノブイリ原発の事故、これらにも睡眠時無呼吸症(以下、「SAS」)が絡んでいると言われているほど、怖い症候群です。自分では特に寝不足だと思っていないのに、日中、一瞬強い眠気に襲われて気づいたら大きな事故になっていた。そんなことがあるのです。
  SASには閉塞型と中枢型があります。ほとんどの人は閉塞型です。眠っているうちに、舌の根元が気道をふさいで窒息状態になるのです。よくあるのですが、大きないびきをかいていた人のいびきが十秒以上止まり、再開する。この、いびきが止まっている時に呼吸が出来なくなっているのなら要注意です。一晩のうちに何度も窒息するのですから、眠りが浅くなり、十分な時間を取っているのに寝た気がしません。そればかりか、いろいろな合併症を起こすようになります。(※1)ですから、一緒に寝ている人は「ああ、うるさいいびきがやっと止まった」と安心せずに「息をしている?」と、その人の呼吸を確かめてあげてください。

SASの治療法
SASの治療には、CPAPという医療機器を使います。眠っている時に呼吸が止まると、機器が自動的に鼻から空気を送って呼吸を助けるので、深く眠れるようになります。この治療をしたことで高血圧が治ったり、糖尿病が治ったりする人が多くいます。金井先生の患者さんの中には、SASが原因で事故を起こし、失職して頭痛や不眠がさらにひどくなり「死にたい」と思うほど重いうつ病になった人がいましたが、SASを治療したところ元気になって、また仕事が出来るようになりました。
  不眠の場合、睡眠薬を処方されることが多いのですが、SASが原因の場合は逆効果です。睡眠薬は体をリラックスさせる働きがあるからです。SASの人は舌の根元が緩んで気道をふさいでしまうので、睡眠薬を飲むほど、よく眠れなくなってしまいます。睡眠薬を使っているのに寝た気がしない等、おかしいなと思ったら東千葉メディカルセンターの総合診療科にご相談ください。

限られた時間で、良い睡眠を得るために
同じ睡眠時間でも、次にあげる工夫をすることで良い睡眠を取ることが出来ます。
〇起きる時刻と寝る時刻を決める(できれば休日も同じ時刻で)
〇朝一番で光を浴びる。明るさの目安は五千ルクス(曇り空)~一万ルクス(晴れた日中の木陰)
〇睡眠時間を確保する
〇夜は寝る時刻の二時間前までに食事を終える(量も控えめに)
〇ぬるめのお風呂でリラックスし、自然に涼しくなったころに寝る(熱いお風呂やサウナは逆効果)
〇寝る前の運動はストレッチがおすすめ(激しい運動は逆効果)
〇寝る一時間前から、脳が興奮するようなことを避ける
(避けましょう!:カフェイン、アルコール、寝床での読書・音楽・スマホを見る・テレビを見る、明かりをつけっぱなしで眠る など)
〇メラトニン(サプリメント)や薬剤も上手に取り入れる
〇寝具にこだわる(高い枕は避ける、など)

スポーツのパフォーマンスにも相当な影響があります。

お勧めのリラックス法に「漸進的筋弛緩法」があります。簡単にできて、全身マッサージより効果があります。(※2)
ほとんどの不眠症の方が、これを寝る前に5分間行うだけで睡眠が改善する効果が報告されています。

まとめ:金井先生から皆さんへのメッセージ
「眠れないと、こころにもからだにも悪い影響を及ぼします。適切な睡眠時間を確保して毎日しっかり眠ることを大事にして、健康的な生活を送ってください」


秋の夜長、ついつい夜更かしをしがちですが、これを機会に自分の睡眠を見直して、眠る時間を大切にしたいと思いました。
(藤本晴枝)

※1 SASの合併症
 
高血圧症 虚血性心疾患 心不全 脳血管障害 糖尿病 脂質異常症 高尿酸血症 不整脈 肺高血圧症 多血症 胃食道逆流 うつ病 交通事故 
 

※2 漸進的筋弛緩法の方法が入手できるホームページ

 http://www.pref.osaka.lg.jp/attach/13282/00000000/relax.pdf
「漸進的筋弛緩法」と「大阪府」で検索をしても出てきます


NPO法人地域医療を育てる会のブログ

https://hello.ap.teacup.com/sodateru/1701.html 

一流のアスリートはどのようにして緊張や不安に対応しているのか?

トップアスリートは、緊張や不安に対していくつかの精神的・身体的戦略を採用しています。一般的なテクニックとしては、以下のようなものがあります:

 

1.精神的な準備:ビジュアライゼーション、イメージトレーニング、目標設定、ポジティブなセルフトーク、自己暗示などの精神的な準備を十分行うことで、自信をつけ、集中力を維持することが可能となります。

 

2.呼吸法: 呼吸をコントロールすることで、心を落ち着かせ、ストレスを軽減し、集中力を高めることができます。多くのアスリートは、横隔膜呼吸やその他の特定のテクニックを練習して、不安の解消に役立てています。

 

3.身体的なリラクゼーション:漸進的筋弛緩法、ストレッチ、ヨガなどは、アスリートが身体の緊張をほぐし、ストレスに対処するために用いる方法です。

 

4.ルーティンや儀式: 多くのアスリートは、競技前のルーティンや儀式を作り、コントロールや慣れの感覚を維持することで、不安を和らげることができます。

 

5.マインドフルネスと瞑想: マインドフルネスや瞑想が、アスリートのネガティブな思考を管理・調整し、不安を軽減するという多くのエビデンスがあります。

 

6.社会的サポート: 友人、家族、チームメイト、コーチなどの強力なサポートやコミュニケーションで緊張や不安は軽減します。

 

7.専門家の助けを借りる: 日本ではまだまだ少ないですが、スポーツ心理学者やセラピスト、メンタルスキルコーチなどメンタルのプロの協力を得て、精神的な不安要素に対処することも大事なスキルです。

 

交感神経が過緊張状態であると筋肉は「フリーズ(freeze)」あるいは収縮する傾向にあります。神経伝達物質のレベルでは「アドレナリンが過分泌の状態」です。適切な交感神経の亢進状態・アドレナリンの分泌状態は競技や選手によって異なりますが、これを最も急速にコントロールできるのは呼吸です。

丹田に意識を集中させて、腹式呼吸を行うことで交感神経の緊張レベルが低下する方向に進みます。

緊張をパワーに変える腹圧呼吸も有用です。

私が関わっているオリンピアンやトップアスリートの中には、レース前の緊張状態に対して「怒りに近い感情を湧かすことによって緊張をパワーに変える」と語っていた選手がいました。適切なアドレナリンを出すことによって「火事場の馬鹿力」を生み出すのも瞬発系や格闘系の競技の選手によっては試す価値のある戦略かもしれません。

「この場に立てていることに感謝し、それを実現させてくれたあらゆる人の顔を思い浮かべる」という選手もいます。人は自分のためだけよりも誰かのためにやる時により力を発揮できると言います。

「感謝」や「お世話になった人のため」

という意識も重要なポイントでしょう。

「小・中学校の試合の時のように楽しみでしかない感覚:ワクワクドキドキを意識する と上手くいく」という選手もいます。緊張の中に楽しい興奮の要素を含めることも有用なことが多いです。


「好きな音楽を聴く」という選手は多いです。ポジティブなセルフトークや自己暗示とともに音楽で自分を乗せていくも重要です。

この中で自分に合ったものをいくつか組み合わせてルーティンに組み込んでいくことで、必ずや緊張や不安はパワーに変換できると思います。

 
以下に、有名な選手たちが個別に行っている対応法をいくつか紹介します。

1.マイケル・ジョーダン(バスケットボール):試合前には常に瞑想を行っていました。瞑想をすることで、彼は緊張を解消し、心をクリアにすることができました。

2.ノバク・ジョコビッチ(テニス):試合前には自分自身に対して肯定的な言葉をかけ、また、試合中には息を深く吸い込んでから、ゆっくりと吐き出すことで、リラックスを保つ工夫をしています。

3.ウサイン・ボルト(陸上競技短距離):試合前には常にリラックスして音楽を聴いています。また、レース前にはいつも深呼吸をしたり、ポジティブな言葉を自分にかけたりして緊張をコントロールしていました。また、彼は日々のメンタルトレーニングにも力を入れていて、自己暗示やイメージトレーニングなどを行っていました。 試合中には笑顔を絶やさず、自分自身に対してポジティブな言葉をかけることで、プレッシャーを軽減していました。

4.セリーナ・ウィリアムズ(テニス):試合前には自分自身に対して短いアファメーションを行うことが多いです。また、試合中にはボールを投げるときに自分自身に対してポジティブな言葉をかけることで、自信を高めていました。

5.ロジャー・フェデラー(テニス):試合前には常にルーティンを確立しています。彼は、同じ時間に起きて同じ朝食を食べ、同じ時間に準備をし、同じ服装で試合に臨むことで、安定感を得ることができます。

6.イチロー(MLB):試合前には、自分自身に対して短いアファメーションを行うことが多かったです。アファメーションとは、自己暗示のようなもので、自分自身に対してポジティブな言葉をかけることで、自信を高める効果があります。試合中には、呼吸を整えることにも力を入れていました。特にバッティング時には、打席に入る前に深呼吸をして、息を吐き出しながらリラックスすることで、落ち着いた状態で打席に立っていました。

7.大谷翔平(MLB):試合前に気持ちを落ち着かせるため、あるいは、緊張を解くために行っていることは、入念なストレッチなどのルーティンです。ルーティンの中には、ドライブライン(データ分析を用いたトレーニングプログラム)によって投球動作の最適化を図ったり、自分の打撃フォームを分析したり、自分の世界に入ったりするものがあります。 

8.錦織圭(テニス):試合前に深呼吸をしたり、ポジティブな言葉を自分にかけたりして緊張をコントロールしています。また、彼はメンタルトレーニングにも力を入れており、呼吸法や瞑想などを行っています。 

これらの選手たちは、それぞれ独自の方法で緊張に対処しています。それぞれの方法は個性的で、そのまま万人に通用するものではありませんが、これらの選手たちが行っている心掛けや対応法から、自分自身に合った方法を見つけることができるかもしれません。