本番で実力を発揮する
方法
~メンタルトレーニングの方法論~
アスリートや音楽家などで、試合や本番で実力が十分に発揮できない方が、実力をいかんなく発揮できるようになるためのノウハウを紹介しています。
本番で実力を発揮するためには、色々な要素が必要になります。
実力をつけるためには、モチベーションを保ちながら日々の練習に取り組み、練習のみならず、栄養や睡眠など日常生活から個々の目標に向かっていく努力が必要となります。
そもそも、そのモチベーションがわかない、やる気が起きないなどの悩みを抱えている方も多くいます。
そんな方々に役立つ内容を紹介し、なるべき頻回にアップデートしていく予定です。
メンタルは誰でも強くなれる
練習ではできるのに本番になるとできない人は、メンタルが弱いわけではありません。
他人が勝手にそういったレッテルを張り、自分でもそう思い込んでいるだけなのです。
適切に対処していけば、誰もが本番でも普段通りの力を発揮することができます。
日本では、「本番でのパフォーマンス」がその人の「実力」とみなされがちです。練習で素晴らしいパフォーマンスを発揮できる人でも、試合や本番で期待通りの結果を出せないと、評価されにくいという現実があります。
監督や指導者もこの観点で評価するため、本番で成果を出せない選手や演奏家は出場の機会を失い、自信まで喪失してしまうことも少なくありません。
「練習や日常でのパフォーマンス」こそが、真の「実力」であり、下図のように、本番や試合で練習の成果を完全に発揮できない場合、その差は「伸びしろ」と考えるべきです。
では、本番で最高のパフォーマンスを出せない原因には何があるでしょうか?
それには、不安や過緊張、ミスの恐れ、自信の欠如、寝不足やケガ・体調不良など、さまざまな要因が考えられます。
当サイトでは、「ブログ」「呼吸法」「睡眠」などのページを通じて、これらの課題を克服するための方法やアドバイスを提供しています。また、これらの内容を深く理解することで、本番や試合で持てる実力をいかんなく発揮できる確率が高まり、ひいては、「緊張は本番や試合で自分を守るために必要なもの」という新たな視点にたどり着くでしょう。
質問や相談がある方、または「イップス外来」や「スポーツメンタルコーチング」の利用を検討されている方は、「お問い合わせ」ページよりお気軽にご連絡ください。
メンタルトレーニングのススメ
身体的トレーニングや技術練習をしないアスリートや音楽家は皆無でしょう。
しかし、メンタルトレーニングをあまりやっていない、あるいは、全くやっていない方は多いのではないでしょうか?
どんなに練習してきても、どんなに実力があっても、その実力がここ一番の舞台で発揮できなくては意味がありません。
私は、プロ選手やオリンピック選手などトップアスリートと接してきて、「身体的、技術的に優れたトップアスリートにおいては、メンタルトレーニングをしてきたか否かで大きな差が出る」ことを痛感しています。多くの人がやっていないからこそ、ここを鍛え、伸ばすことで他から容易に抜きん出ることができます。すなわち、メンタルの鍛錬こそ大きな伸びしろなのです。
メンタルトレーニングでは、「フローの状態」(‘ゾーン’とも‘無の境地’ともいう)、すなわち、「研ぎ澄まされた集中力の中で心と体が一体化した状態」を目指します。そこに至るようになったらその頻度を更に上げます。これによって、これまで練習で培った実力のすべてをいかんなく発揮しうるのです。
本番で実力を発揮するために必要なこと
ポイントは、次の3点だけです。
1.緊張をパワーに変える
2.今ここに集中する
3.しっかり準備する
そのために必要なことは、「ブログ」「呼吸法」「睡眠」のページにちりばめられていますので、そちらをご参照ください。
「緊張しないように」という発想をやめよう!
私が、イップス外来やスポーツメンタルの指導をしていると、「どうしたら緊張しないようになれますか?」とよく尋ねられます。
そんな質問に対して、私は次のような回答・アドバイスをしています。
1.大事な場面で緊張するというのは当たり前であり、むしろ必要なこと
2.「緊張しないように」心がけるのはむしろ逆効果
3.緊張や不安は自分を守るとても大事な内的反応であり、 実力を発揮するために必要な「好ましい反応」
4.緊張をパワーに変える呼吸法で実力を発揮しよう
人は「緊張しないように」と思えば思うほど「緊張」を意識し、「緊張は悪いもの」という自己暗示にかかっていくものです。
「緊張」は忌み嫌うべき敵ではなく、むしろ自分を守ってくれるものですから、「もっと緊張しろ、もっと緊張しろ」と緊張や不安を歓迎して呼び込んでみてください。緊張や不安を受け入れてそれらを一旦受け入れ、飲み込むようにして体内に入れた後、呼吸法(日々の「腹式呼吸」+ここ一番で使う「腹圧呼吸」にて)を使ってパワーに変えていきます。
本番で実力をいかんなく発揮するには「呼吸でメンタルをコントロールする」ことが重要です。
イップスや局所性ジストニアで苦しんでいる方や不安や緊張で実力を出し切れない方のみならず、もっと上を目指す方、フローの状態を目指す方にも「呼吸法」は極めて重要ですので、「呼吸法」を極めてください。
試合前、緊張している時の自分へのポジティブな声掛け
試合前には誰しも緊張するものです。緊張をパワーに変える呼吸とともに効果があり、かつ、即効性があるのが、自分へのポジティブな声掛けです。以下のような 「自分がポジティブに感じるような言葉」を、自分にかけてみましょう。
「私はできる!」
「私は大丈夫!」
「頑張ろう!」
「自分を信じる!」
「私は強い!」
「私は美しい!」
「私は幸せだ!」
競技中に結果にフォーカスすると不安、焦り、プレッシャー、緊張は高まりやすくなる
野球で「9回2アウトからの大逆転」のような緊迫した場面で「勝ちを意識した途端にストライクが入らなくなった」と語る敗戦投手の言葉を耳にすることがあります。
「結果にフォーカスする」と、ストレス、不安、プレッシャー、または失望を引き起こし、また、自然なからだの動きや直感を妨げ、選手が自分の能力を最大限に引き出すことを妨げる可能性が高まります。また、「勝つ」という結果に過度に焦点を当てることで、失敗を恐れてリスクを取ることを避ける可能性もあります。
「勝とう、勝とうという意識が強くて力が入ってしまった」などと語る選手はどの競技に限らず多くみられます。
選手が「勝とう、勝とう」と意識しすぎてパフォーマンスが低下する現象は、心理学的には「パフォーマンスのパラドックス(Performance Paradox)」や「逆効果(backfire effect)」と呼ばれ、特定の目標や結果に過度に集中することで、逆にその達成が困難になる現象を指します。この背後には以下のような要因があります。
1.ストレスと不安: 「勝とう、勝とう」と強く意識することで、選手は自身へのプレッシャーを増やし、ストレスと不安を引き起こす可能性があります。これは、思考、意思決定、そして身体的なパフォーマンスに悪影響を及ぼす可能性があります。
2.過度の意識と分析: 「勝つ」ことへの強い意識は、選手が自分のパフォーマンスについて過度に分析し、自然な流れや直感を妨げる可能性があります。これは「分析麻痺(analysis paralysis)」とも呼ばれ、選手が自分の行動を過度に制御し、最終的には自然なパフォーマンスを妨げる可能性があります。
3.フィクスド・マインドセット: 「絶対に勝たなければならない」という強迫的な考えは、フィクスド・マインドセット(固定思考)を助長する可能性があります。これは、失敗を避けるためにリスクを取らない傾向を生み出し、成長と学習の機会を制限する可能性があります。
結果という未来の事象や自分のコントロールが及ばないことにフォーカスすると、プレッシャーを感じて、本来の実力を発揮できなくなる可能性があります。 また、結果にフォーカスすると、結果が悪ければ、自分自身を否定してしまう可能性もあります。結果は、相手の力量、チームメイトのコンディション、天候や審判の判断など、自分の力以外の要因が絡むものです。「結果は時の運」と割り切るくらいの気持ちで臨むことが望ましいです。
むしろ、プロセスにフォーカスし、自己の能力と行動に対するコントロールを強化することが有効です。これは、Acceptance and Commitment Therapy (ACT)やマインドフルネスが推奨するアプローチと一致しています 。
認知行動療法の1つであるACTの考え方は、スポーツメンタルの分野では極めて有用です。
ACTでは、マインドフルネスの手法を用いて、「いま、この瞬間」に意識をフォーカスすることを目指します。
「いま、この瞬間」に意識をフォーカスする ことが、フロー、ゾーン、無の境地といった自己の実力を最大限に引き出す状態への道となります。 このホームページの内容を理解・実践することで、フローやゾーン、無の境地を作り出せるようになるはずです。
一流のアスリートはどのようにして緊張や不安に対応しているのか?
トップアスリートは、緊張や不安に対していくつかの精神的・身体的戦略を採用しています。一般的なテクニックとしては、以下のようなものがあります:
1.精神的な準備:ビジュアライゼーション、イメージトレーニング、目標設定、ポジティブなセルフトーク、自己暗示などの精神的な準備を十分行うことで、自信をつけ、集中力を維持することが可能となります。
2.呼吸法: 呼吸をコントロールすることで、心を落ち着かせ、ストレスを軽減し、集中力を高めることができます。多くのアスリートは、横隔膜呼吸やその他の特定のテクニックを練習して、不安の解消に役立てています。
3.身体的なリラクゼーション:漸進的筋弛緩法、ストレッチ、ヨガなどは、アスリートが身体の緊張をほぐし、ストレスに対処するために用いる方法です。
4.ルーティンや儀式: 多くのアスリートは、競技前のルーティンや儀式を作り、コントロールや慣れの感覚を維持することで、不安を和らげることができます。
5.マインドフルネスと瞑想: マインドフルネスや瞑想が、アスリートのネガティブな思考を管理・調整し、不安を軽減するという多くのエビデンスがあります。
6.社会的サポート: 友人、家族、チームメイト、コーチなどの強力なサポートやコミュニケーションで緊張や不安は軽減します。
7.専門家の助けを借りる: 日本ではまだまだ少ないですが、スポーツ心理学者やセラピスト、メンタルスキルコーチなどメンタルのプロの協力を得て、精神的な不安要素に対処することも大事なスキルです。
交感神経が過緊張状態であると筋肉は「フリーズ(freeze)」あるいは収縮する傾向にあります。神経伝達物質のレベルでは「アドレナリンが過分泌の状態」です。適切な交感神経の亢進状態・アドレナリンの分泌状態は競技や選手によって異なりますが、これを最も急速にコントロールできるのは呼吸です。
丹田に意識を集中させて、腹式呼吸を行うことで交感神経の緊張レベルが低下する方向に進みます。
緊張をパワーに変える腹圧呼吸も有用です。
私が関わっているオリンピアンやトップアスリートの中には、レース前の緊張状態に対して「怒りに近い感情を湧かすことによって緊張をパワーに変える」と語っていた選手がいました。適切なアドレナリンを出すことによって「火事場の馬鹿力」を生み出すのも瞬発系や格闘系の競技の選手によっては試す価値のある戦略かもしれません。
「この場に立てていることに感謝し、それを実現させてくれたあらゆる人の顔を思い浮かべる」という選手もいます。人は自分のためだけよりも誰かのためにやる時により力を発揮できると言います。
「感謝」や「お世話になった人のため」
という意識も重要なポイントでしょう。
「小・中学校の試合の時のように楽しみでしかない感覚:ワクワクドキドキを意識する と上手くいく」という選手もいます。緊張の中に楽しい興奮の要素を含めることも有用なことが多いです。
「好きな音楽を聴く」という選手は多いです。ポジティブなセルフトークや自己暗示とともに音楽で自分を乗せていくも重要です。
この中で自分に合ったものをいくつか組み合わせてルーティンに組み込んでいくことで、必ずや緊張や不安はパワーに変換できると思います。
メンタルコーチング
以下に説明するような治療アプローチは、最終的には、フローの状態(ゾーンともいう)に入りやすくすること、研ぎ澄まされた集中力を発揮することを目的としており、 メンタル面で何の問題を抱えていない方でも有効です。
実際、私のもとには、より高次元でパフォーマンスを発揮したいアスリートや演奏家も継続して通院しています。
そういった目的で、オンラインにてメンタルコーチングを受けているプロ選手やオリンピック選手もいます。
動体視力を向上するトレーニング、操体法による疼痛除去・筋膜リリース、最新脳科学に基づいたイメージ法やニューロフィードバック法、予測能力の向上、末梢神経から中枢神経へのフィードバック など幅広いアプローチを取り入れています。
イップスやチョーキング、あがり症などの問題を抱えている方だけでなく、多くの方にこういった観点を知っていただければと思います。
マイナスをプラスに転じたい方のみならず、プラス幅を増大させたい全ての方にこのホームページが少しでもお役に立てれば幸いです。
マインドフルネス
マインドフルネスは、「評価や判断を加えず、いま自分が経験していることに意識を向け続けること」 と定義されており、「脳や心を整えるための方法」です。
細かい理屈をすっ飛ばすと、人間だれしも「今、この瞬間を生きる」というマインドセットができれば幸せに満ち溢れた状態、すなわち、マインドフルの状態を維持することができます。
マインドフルネスの効果は、既に多くの研究により実証されており、代表的な効果としては、
・不安やストレスの低減
・自己肯定感・集中力・共感力・セルフコントロール(自己制御力)・睡眠の向上
が挙げられます。
マインドフルネスとは、アスリートや音楽家において目指すところの「フローの状態 」でもあります。
イップス、チョーキング、局所性ジストニアについて
「本番で実力を発揮できない」状態の中には、イップスやチョーキング、課題特異的局所性ジストニアがあります。以下、それぞれを簡単に説明します。
★イップス:いつもはできることが急にできなくなってしまう、いつもと違う動作になってしまう現象
★チョーキング:プレッシャー下の大事な場面で期待したパフォーマンスが発揮できない状態
★ジストニア:身体の筋肉が異常に緊張した結果、異常な姿勢・異常な運動を起こす状態
・イップスはジストニアとチョーキングの両方に関連し、イップスをタイプ1(ジストニアに関連)とタイプ2(チョーキングに関連)とに分類する考え方も提唱されています。
Sport Med. 2003; 33: 13–31.
・チョーキングは心理的要因、特に不安要素が大きいとされています。
・実際、これらのオーバーラップが多く、両者を切り分けることができないケースが多く、いずれも定義づけが困難で混同されています。
イップスとは?
★イップスは、ミュージシャンジストニアと同様の運動障害であり、「スポーツパフォーマンス中の細かい運動能力の実行に影響を及ぼす精神神経障害」:“a psycho-neuromuscular impediment affecting the execution of fine motor skills during sporting performance”と定義されています。
・Int Rev Sport Exerc Psychol. 2015;8(1):156–84
★イップスは、ゴルファーにはよく知られた現象であり、ゴルファー痙攣(golfer's cramp)とかゴルファー・ジストニア(golfer's dystonia)と呼ばれることもあり、ゴルフのパッティング時に見られる現象がその代表的なものです。イップスのゴルファーには、パッティング時に、手首の屈筋と伸筋の共収縮が起こることが報告されています。
・Neurology. 2005: 64 (10); 1813-4
・Mov. Disord. 2011: 26; 1993-6
・Med. Sci. Sports Exerc. 2018: 50 (11); 2226-30
★ゴルファーにおけるイップスの有病率 は17%から48%の範囲で報告されています。
・Neurology. 1989;39:192–5.
・Sports Med 2003;33(1):13–31.
・J Sports Sci. 2015;33(7):655–64.
★イップスの心理的要因として、定まったものは今のところありませんが、ゴルファーに限っていえば、
1)高いレベルの完璧主義
・Sport Psychol. 2013;27:53–61.
2)意識的に動きを制御したり、問題について強迫的に考えたりする傾向にある。
・Neurology. 1989;39:192–5.
3)ストローク中に、主に自分の内部に、または失敗する可能性に焦点を合わせている(イップスゴルファーの約3分の2が該当)。
・Sport Psychol. 2012;26:325–40.
4)リラックス状態とストレス状態との間の状態不安の変化が、パッティング精度の変化に関連していた。
・Med Sci Sports Exerc. 2006;38:1980–9.
が挙げられています。
イップスと同じ病態とされる「音楽家局所性ジストニア」では、患者の心理的プロファイルとして、
1)トラウマ的な経験や質の低い楽器指導を含む社会環境の悪影響
2)完璧主義者、不安症、過度に敏感、無気力な性格タイプ
3)強迫観念、支配的、不十分な練習行動
・Med Probl Perform Art. 2022 Sep;37(3):200-206.
が挙げられています。
★私個人としては、上記以外にも、「練習のし過ぎ」、特に、同じ動作の反復練習がその原因になっていることが多いと考えています。人間の脳や筋肉は反復動作を嫌う傾向にあります。繰り返せば繰り返すほど脳(中枢)→筋肉(末梢)への指令が混乱したり、ショートしたり、筋肉(末梢)が暴走したりしやすいものです。
その「練習のし過ぎ」もストイックな性格に由来するオーバートレーニング症候群の要素だったり、「過去の失敗、あるいは、それに伴う罰・報い」がトラウマになっていたりしている場合が多いです。
イップスは、休養したり、身体の正しい使い方を身につけたり、リハビリをしたりといった身体的なアプローチのみで改善することが多いです。
しかし、心理的な問題を放置していると再発しやすく、また心理精神的要因が大きい場合にはなかなか治りません。
私のイップス外来を受診する方の中には、うつ病やパニック障害など精神科的な治療を優先すべき人もみられます。
イップスや局所性ジストニアでは、心身ともに総合的・統合的に治療する必要があります。
イップスや局所性ジストニア を克服するには、まず、自らと向き合い、
「自分がどうしてこのような状態になったのか?」
「この状態に意味があるとしたら、この症状は自分に何を教えてくれようとしているのか?」
を問い、特に、心理的要因を探り、そこに気付きを得たら、そこから逃げることなく、それを真摯に受け止め、受け入れて欲しいのです。
治療をしていて、「自分のイップスの原因はメンタルではありません。単なる技術的な問題です」という方が時折いますが、そういう方はえてして治療経過が良くありません。
一方、「私のイップスは、メンタルが原因だと思います。メンタルが弱いんです。この外来でそれを克服して常に自分のパフォーマンスが発揮できるように、さらに、フローの状態が常に得られるように治療してください」というような方はすぐ治っていく傾向にあります。しかも短期間で治る方が多く、なかには初診で治る方もいます。治るどころか、これまでにない高次元のレベルに進んでいく方ばかりです。
イップスで悩んでいる多くの方が、このホームページに触れ、何らかのヒントを得ることで、私の外来に来ずとも「メンタルが弱いという思い込み」から解き放たれ、成長し、幸せに過ごしていけるように、このホームページの内容を充実させていきます。
「本番で実力を発揮できない」要因
私のスポーツコンディショニング外来やイップス外来では、チョーキングやイップス、局所性ジストニア、あがり症や色々な原因で「本番で実力が発揮できない」方が多く訪れます。私のイップス外来には、アスリートのみならず、音楽家も多く来られます。イップスやチョーキング、ジストニアをきたした方でも、そこに至る何らかの原因や要因を有しています。それらが複数見つかることの方が多いです。また、下図のような悪循環に陥っている方がほとんどです。
治療に際しては、以下の原因・要因を探り、その原因・要因に基づいて総合的・包括的に介入していきます。
1.身体的要因
•外傷など筋骨格系の問題、貧血、甲状腺機能などの内分泌疾患、自己免疫疾患、神経疾患など
2.精神医学的要因
•うつ、不安症、身体症状症、摂食障害、睡眠障害など
3.感情
•不安、緊張、恐怖、悲嘆、諦め、自信喪失
4.認知
•誤った考え、破局的思考
5.行動・動作
•誤った生活習慣・睡眠習慣
• オーバートレーニングや誤った行動の繰り返しによる‘誤プログラム’の上塗り
•回避行動
•フォームの修正などによる正プログラムへの誤修飾(誤フィードバック)
•細部の身体感覚・身体動作への過剰な注意・意識づけ
•身体感覚のズレ、共収縮
1の身体的要因は身体医学的な問題、器質的な問題です。
アスリートでも音楽家でも「身体の病気」が見つかることが少なからずあります。中でも貧血が多く、アスリートでは鉄の消費が多いため、鉄欠乏性貧血の方が見つかることが多いです。アスリートは定期的に血中の鉄、フェリチン(貯蔵鉄)、鉄結合能(TIBC)をチェックしてください。さらに、足がつりやすい人はこれら鉄動態に加えて、マグネシウムやカルシウムも測定しておくとよいでしょう。
長距離選手で、「オーバートレーニング症候群でどんどん体重が減り、緊張のせいか手足が震えるようになった」とのことで、受診した方がいました。甲状腺機能亢進症でした。
イップス外来を「演奏中に手がしびれて力が入らない」という主訴で受診した局所性ジストニアのピアニストや、「オーバースローの時に強い球が投げれない」という主訴で受診した高校球児の中には、胸郭出口症候群という神経が絞扼される病態の疾患が見つかったこともありました。
運動誘発性気管支喘息発作や慢性鼻炎・アレルギー性鼻炎など気道系の問題でパフォーマンスが出せない方も多くみられます。
これら身体疾患を適切に治療した結果、「実力」自体が向上する方が多くいますので、私の外来では、身体疾患の除外から始まります。
2の精神医学的問題にはうつ病や不安症などがあります。この問題を抱えた方の多くは、親御さんや指導者・コーチ・トレーナーに連れられて受診することが多く、その多くはかなり重症化して受診されます。中には、双極性障害(躁うつ病)の方が少なからずおられ、双極性障害のうつ状態では迅速に正しく診断されることが少なく、また、抗うつ薬が効かないため、「自律神経失調症」と曖昧な病名を付けられて選手生命・職業演奏をあきらめる方も少なからずおります。うつ病や不安症などの精神疾患は、日本では身体疾患と異なり、自ら病気を自覚して受診することは少ないです。
練習のやる気が出ない、モチベーションが上がらない、眠れない、食欲がない、気分がすぐれない・落ち込みがち・憂鬱、今まで楽しめたことが楽しめない・・・こんな方は、精神科・心療内科を受診することをお勧めします。特に、アスリートの方はこの分野に詳しいスポーツ精神医学の専門医を受診することをお勧めします。
睡眠とアスリートのパフォーマンスには大きな関係があり、本番で実力を十分発揮するには、質や量ともに良い睡眠をとることが非常に重要な要素となります。
睡眠障害の中では、自分では十分な睡眠時間をとっていても熟睡感がなく、日中の眠気が強い方で、閉塞型睡眠時無呼吸症候群(OSA)の方がいます。OSAは日本人では有病率が約5%と少なくない疾患であり、CPAP(持続陽圧呼吸)療法という優れた治療法がある疾患ですので、治療により劇的に睡眠の質が上がり、日中のパフォーマンスが向上します。
国際大会などでは時差対策も重要になります。時差対策をするかしないかだけで大きなパフォーマンスの差が現れます。
その他、3から5の認知・感情・行動の問題が関与します。
ここで、身体動作の問題は結果的に運動ニューロンの問題であり、機能的な問題であり、身体的問題ではなく、行動の問題に含めています。
「本番で実力を発揮できない」病態構造を図示したものが下図です。このように悪循環に陥ることが多いです。
次のページで、これら原因・要因ごとの治療法の概略をお示しします。
「本番で実力を発揮するため」の治療
2011年にスポーツコンディショニング外来を始めて以来、10年以上「本番で実力を発揮できない」方を多くみてきて、アスリートや音楽家に対してありとあらゆることを試してきました。その1人1人から多くのことを学び、新たな克服法や治療法を見出してきました。
その概略を下図に示します。
1.身体的問題
2.精神医学的問題
3.認知の問題
4.感情の問題
5.行動の問題
呼吸法は基本
チョーキングやあがり症のみならず、イップスや局所性ジストニアの方もこれらの治療範囲内で改善あるいは治癒しています。イップスや局所性ジストニアを克服したのちも「より高次元でパフォーマンスを発揮したい方」はイップス外来を継続受診されています。
「本番で実力を十分発揮できていない」と感じている方 は是非「イップス外来」を受診してみてください。
今ではこれらのノウハウを急速に世に広めたいと思っています。
医師、理学療法士、アスレチックトレーナー、心理士のみならず、各指導者や親御さんにも広めたいと思っています。
新型コロナ感染症が収束したら、私のイップス外来の見学をオープンにする予定です。もうしばらくお待ちください。
あなたに合った適切な動き~正しい体の使い方~
イップスや局所性ジストニアになる方の多くが、自分に合った適切な身体運動をしていません。
「自分に合った適切な身体運動」とは、自分の競技や演奏のみならず、日常生活動作で現れる「各人が生まれながらにして持っている動き」です。その「自分に合った適切な身体運動」とは、
1.軸の作り方
2.軸-骨盤-肩甲骨の連結の仕方
3.骨盤、膝、足首、肩、肘、手首、手・足、頚部などの使い方(すべての関節の動かし方)
からなるものです。歩く、走る、スキップする、足を上げる、蹴る、投げる、ペットボトルで飲む、うちわを扇ぐ、寝返りをする、体を回すなどあらゆる動作にその人に合った動きがあります。
それを知らずに、自分の適性に背いた動きをするようになると、スランプや不調、イップスを来たしやすくなります。
自分にとっては好ましくない動きだけれども、指導者が言う通りのフォームに変えたり、 自分が好きな選手を模倣したり、ケガによって本来の動きに変化が表れたり・・・
心当たりがある方は、
「フォー・スタンス理論 」http://www.4stance.com/
や
「アレクサンダーテクニーク」
などで「自分に合った適切な身体運動」を見つけるところから始めてみてください。
私のイップス外来では、より細かな「オーダーメイド」の動作を指導しています。このアプローチだけで治る方も多いです。
エビデンスのあるチョーキング介入(治療)
次の5つの方法が、プレッシャーがかかる状況下で自分のパフォーマンスを最大化するのに効果がある可能性があります。
1.アナロジーを使った運動学習を行う
例えば、卓球のフォアハンドでトップスキンをかけるときに、技術説明のリストを使って1つ1つの動きを獲得するよりも、「直角三角形を描くように。さらに斜辺に近づけるように」のような比喩を用いて動作を獲得した方が、プレッシャーがかかった時にもパフォーマンスの精度が保たれやすいという報告があります。
2.自己焦点化をそらす
チョーキングしやすい人は、自己焦点化しやすいため、「脇が開かないように」など自己の内部感覚に意識が焦点化しないように、「頭の中で音楽を流し歌の歌詞に集中する」「三塁手をみる」「空気のにおいを嗅ぐ」など五感を使った別のタスクを同時に行う(デュアルタスク)ことでチョーキングを起こりづらくしたり、パフォーマンスを最大化したりする可能性があります。上記1と関連して、意識を内部局在化させずに「ブーメランを投げるように」などのメタファーを使用して焦点を広げることも有効です。
3. 左大脳半球でのプライミング効果を抑制する
チョーキングの状態では、左大脳半球が活性化していることが分かっており、このプライミング効果を減じるために、技の実行前に 、例えば左手でボールを握ったりして先に右大脳半球を刺激(プライミング)して、左大脳半球の活性化を抑制することが有効だとされています。
4. プレ・パフォーマンス・ルーティン(PPR)を行う
PPRは、スポーツスキルを行う前にアスリートが体系的に行うタスクに関連した思考と行動の一連の流れをいいます 。認知・行動準備、深呼吸、手がかりとなる言葉を含むなどのPPRを同じ内容を同じ時間で行うと、プレッシャー下のアスリートのパフォーマンスを向上することが示されています。
5. 静かな目をする
動作の開始前に関連する目標に向かって長く視覚的に固定します。 ルーティンの中に、視点をはるか遠方に固定して3~5秒静止する内容を組み込むことをお勧めしています。イチロー選手が打席に入ってからバットの先端とバックスクリーンの1点を合わせて静止しているような動作です。
人間は緊張すると近視眼的になり視野が狭くなります。視点を遠方に置くことで、交感神経の過緊張を緩和する狙いがあります。
以上の内容は、参考文献( J.Curr Opin Psychol. 2017;16:170-175. )をもとに筆者がアレンジしたものです。
スポーツメンタルの基本
以下の、呼吸法、休養、メンタルトレーニング、モチベーション維持が重要です。
姿勢・表情からメンタルを変える
~Outside In~
「顔の表情によって気分は変わる」
(Larsen 1992, Strack 1898, Steper & Strack 1993)
「悲しいから泣くのではなく、泣くから悲しい」
(W.James 1884,1890)
自信のない人、不安な人、緊張している人も、表情や姿勢を、自信満々なわくわく楽しんでいるものに変えると瞬時に不安は消えて、自信満々な状態になります。緊張もワクワクドキドキしたパフォーマンスを発揮しやすいものに変換されます。
無意識の領域では、気分→表情や姿勢など筋肉の動き(神経学的には中枢神経・感覚神経→運動神経)と一方向性の自動反応が起こりますが、意識的に表情・姿勢といった筋肉(運動神経)をポジティブな方向に動かすことによって、気分や感情・感覚をポジティブなものに変換することができます。
これは即効性があるので、私の診療でもかかわるすべてのパフォーマーにこれを実践していただいています。
Jリーガーで「いずれ日本代表で招聘されたり海外で活躍できる選手になりたい」という選手には、「常に自分は海外で活躍している日本代表選手というイメージで、その表情と姿勢を維持して日常生活を送るように」と指導しています。
「コンディションがすぐれない時や自信がない時も表情と姿勢だけはポジティブなものにする」
この効果は誰でもすぐに実感できるので、是非実践してみてください。
イップスのメカニズム
イップスのゴルファーでは、パッティング時に、手首の屈筋と伸筋の共収縮が起こるといわれています。
イップスの詳細な病態はいまだによくわかっていませんが、脳からの指令が、運動ニューロンから皮質下のネットワーク、末梢の筋肉に至る経路、内受容感覚からのフィードバックシステム、感覚-運動統合などの脳内ネットワークや神経伝達回路をうまく伝わらず、結果的に作動して欲しい筋肉がそうではない筋肉とともに共収縮したり、作動して欲しくない筋肉が勝手に作動したりするために起こる現象です。
脳から末梢神経・筋に向かった信号、すなわち、脳のプログラムのトラブルですので、その修正にはプログラムの書き換え・修正が必要となります。しかし、このプログラムがトラブルを起こした状態であるイップスを練習で克服しようとすると、どんどん悪い脳回路のプログラムが作られ深みにはまってしまいます。多くの選手が陥るパターンです。電気回線に例えると、漏電やショートしているのに電気を使い続けるといずれ火を噴いたり回路が切れたりするようなものです。
私は、イップスを克服するためには、2つの方法があると考えています。1つは、身体からのアプローチです。脳の指令をプログラム通りに精密に協調・連動して体が動くように、メカニクスからアプローチしていくことが 基本になります。骨盤周囲~体幹~肩甲骨の操作性によって手足の末端を自在に動かしていくためには、メカニクスに通じたアスレチックトレーナーやコーチのアドバイスが必要です。「肩が開いている」から開かないようにとか、「肘が下がっている」から肘を上げてなどと「木を見て森を見ない」修正の仕方では全体の動きがバラバラになりかねません。そういったメカニクスに通じたトレーナーは全国にさほど多くないと思われます。
2つめに、脳のプログラムを深層心理に働きかけて修正する方法です。私は、精神科医としてストレス障害などの精神疾患の治療のために色々な精神療法を学んできました。その中で、神経言語プログラミング(Neuro-Linguistic Programming:NLP)を用いて、スポーツ選手や音楽家に治療応用したところ、劇的に改善し、選手のみならず治療者の私も驚くほどの結果を得ております。
「メンタルが弱い人」なんていない!